こんばんは。
劇団EOEの真生で御座います。

役者にとっての「表現」は
今まで見えなかった感情を
他者から見てはっきり見える行動をとることで
その感情を「見える化」する
ことだと思うのです。

という話で終わっておりました。
ちょっと言葉が長くなりだしており恐縮です。

そこで、今日はちょっとだけこの言葉を短くしたいと思います。

見えない感情を、その感情に紐付いた「見える化」された行動をとること

如何でしょうか?
短くしたといっても、劇団EOEブログで何時も使っている言葉に変えただけですが。
でも、ただ、表現というのは、感情を理解いただく為に、行動すること
という本筋はご理解頂けたかと思います。

そこで、今日は行動について考えてみたいと思います。

前々回のブログで
本気で怒った演技を求められ、自分なりに怒った演技をしたものの
そう見えないと言われ、自分は本気で怒っていますと反論する
役者志望の方の話を書いたと思います。

この2回のブログを踏まえると
この役者志望の方の問題点は、本気で怒っているかどうかではなく
本気で怒っているように見える行動をとったか否かが問題であることは
ご理解頂けると思います。

極端な話、本気で怒っていようがいまいが
本気で怒っているように見える行動をとっていれば問題なかったのです。

本気で怒っているように見える行動。
どんなことが考えられるでしょうか。
行動と言っても、色んな行動があります。

表情だって、表情を変えるという言葉があるのですから、立派な行動です。
声を出すのだって、行動ですから
どんな大きさの声を出せばいいのでしょう?
どんな速さの声を出せばいいでしょう?

他にもいろんな行動があります。
自分が怒ったとき、あるいは、友人が怒ったとき、どんな行動をしていますか。
それは全て、本気で怒っているという感情を理解いただくために
どんな行動を取るべきかを考えるヒントになります。

そして、もう一つ考えていただきたいのは
単に行動をすればいいという訳ではないのです。

「見える化」という言葉を使っておりましたが
「見える化」ということは、相手に対して、その行動を認識して頂く必要があります。

役者の場合、その相手というのは、演出家であったり、監督であったり、
また、お客様であったりします。

この御客様にご理解いただく必要が有るということが分かると
改めて考えなければならないことが出てくることもご理解いただけると思うのです。

それは、自分と御客様には物理的な距離があるということです。

例えば、劇団EOE主催ではないですが
劇団EOEがメインとなって
客席400席の劇場で公演を行ったことがあります。

400席の劇場の最後のお客様と舞台上の役者との間にはどれだけの距離があるでしょうか。

そのことを考えると、一つ一つの行動を、大きくしないと
御客様に認識頂けないということはご理解頂けると思うのです。

例えば、先ほどの役者志望の方の例でいうと
本人としては、本気で怒るという行動もしていたかもしれません。でも、その行動の大きさはどうだったのでしょうか?
劇場の一番後ろの席の方にもご理解いただけるだけの大きさだったのでしょうか。

このように、御客様にご理解いただくという視点があると
いつもの「本気の怒り」では、演技が小さいということをご理解頂けると思うのです。

勿論、それだけの大きさを求められない時も多々あります。
ただ、日頃から、全ての行動を大きくするという意識を持っていないと
いざ、行動を大きくしようとしても大きくできないのです。

今まで見えなかった感情を
他者から見てはっきり見える行動をとることで
その感情を「見える化」する

はっきり見える行動というからには
劇場に御越し頂いた全てのお客様がご理解頂けるほどの
大きな「行動」でないと
役者の表現とは呼べないと思うのです。
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