こんばんは。
劇団EOEの真生で御座います。

前回のブログでは
「演技」について考えていく上で
「表現」という言葉からヒントを得て考えてみました。

今まで見えなかった感情を、他者から見てはっきり見えるようにする
それが、役者に求められる「表現」である。

ここで話は終わっておりました。
そこで、今日はここから話を続けたいと思います。

感情は見えません。
でも、行動は見えます。

この言葉はこのブログでも、また劇団EOEのブログでも
よく見かける言葉です。

例えば、役者志望の方のレッスンでたまに見かける光景として
「本気で怒った演技をして下さい」と指示されて
実際に演技をした後に
「怒ったように見えない」と言われ
「私は本気で行っています」と言い返すなんて光景があります。

そもそも、感情は見えません。
ですから、「怒った」なんて感情も見えません。
その見えない「怒った」という感情を
何らかの「行動」を行うことで、感情の「見える化」をして
周りの人間が、その人の感情を理解できるようにする必要があるのです。

感情は見えません。
でも、行動は見えます。

重複して書きましたが、
「感情は見えない」ということは大切なことだと思います。
例えば、役者のレッスンで「感情表現」というものがありますが
この言葉にもヒントがあります。

感情は見えないからこそ、他者から見てはっきり見えるようにする必要がある。

あたかもそう言っているようです。
そして、他者から見てはっきり見えるものは「感情」ではありません。
見えるものは「行動」です。

ですので、役者にとっての「表現」は
今まで見えなかった感情を
他者から見てはっきり見える行動をとることで
その感情を「見える化」する
ことだと思うのです。

それで、役者は単に行動すればよいのでしょうか。
そんな話を次回はお送りしたいと思います。
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